2013年06月16日

玉川重機『草子ブックガイド(2)』

〈2013年漫画感想4冊目〉

 モーニング誌で不定期連載されている読書体験漫画。と言っても,連載されていることは全く知らずに単行本を書店で見かけたのが出逢いでした。元々,この種の漫画は大好きなので,こういった出逢いは素直に嬉しいです。絵柄は独特ですが,個人的には趣があって割と好き。何よりも主人公である草子の瑞々しい感性が織り成す読書体験が実に魅力的であります。

 女子中学生の草子と本との関わりが描かれる読書体験漫画。彼女が書くブックガイドを中心に人間模様が描かれます。内向的で貧しい草子の境遇は辛いものがありますが,本との関わりを通じて少しずつ彼女に居場所が出来て行くのが大変に嬉しい。舞台となる西荻窪の古本屋・青永遠屋も雰囲気が素晴らしく本好きにはたまりません。その青永遠屋の主人である青斗さん,アルバイトの岬くん,草子の通う中学校の図書館司書の江波先生,同級生の潮崎くんと磯貝さん。草子を取り巻く人々の優しさが心に沁みます。それは画家を目指すが故に家族や生活と向き合うことを疎かにしがちな父も同じこと。非常に腹立たしく感じることもありますが,それも人間の弱さのひとつの側面ということなのでしょう。何よりもそれを含めて全てを受け入れている草子がたまらなく愛おしい。最初は青永遠屋から盗んだ本の中にしか居場所がなかった草子が徐々に自分の居場所を見出していく過程が美しく思えます。特に青斗さんと江波先生というふたりの大人がきちんと大人として草子を導いていく姿が素晴らしい。同級生の潮崎くんや磯貝さんとの関わりを通じて更に人間関係が広がっていくことを願います。潮崎くんとの仄かな感情の芽生えもちょっと楽しみかな。磯貝さんとは同年齢の本好きという特別な親友になれそうな予感。同じ本の感想を語り合える親友というのは得難いものです。個人的には江波先生と磯貝さんは大好きなので出番が増えて欲しいもの。特に江波先生は普段のダメな生活ぶりも含めて愛おしく感じてしまいます。よき相談相手としての立ち位置も素敵なのですよね。尤も,何より印象深いのはやはり草子の心の強さなのでありますが。本の中から希望を見出せる強さをいつまでも持ち続けて欲しいと思います。

 現在刊行されている2巻までに取り上げられた小説は全部で11冊。殆どの小説は自分も読んだことがある馴染み深いものばかり。エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』やR.A.ハインライン『夏への扉』,ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』より「バベルの図書館」,中島敦『山月記』など自分にとっても大切な作品が扱われているのも嬉しいところです。どのお話も静かに心に染入る大好きな物語ばかりですが,敢えて上げるならばトルーマン・カポーティの「ダイヤのギター」を題材としたお話かなあ。江波先生や潮崎くんが初登場するお話でもあります。内向的な草子が勇気を振り絞って人前でブックトークをしたということ,そしてそのブックトークを受けた潮崎くんを始めとする級友たちの心に草子の想いが響いたということが何よりも嬉しい。図書館司書としての理想と現実との隔たりに悩みながらも大人として草子を導く江波先生も素敵だなと思います。草子のブックトークを不器用ながら認めた潮崎くんが後にある意味で草子の最大の理解者となる展開もいいよね。井伏鱒二「山椒魚」を扱ったそのお話は本を読む草子を見守る父の姿が非常に良いです。但し,この人は何度も悔い改めながらもその都度同じ過ちを繰り返してしまうという点が如何にも苦手。サマセット・モーム「月と六ペンス」を題材したお話で一応の決着をつけて欲しいところであります。此処でも江波先生が優しく草子を導いているのですよね。倒れた青永遠屋の青斗さんの心に生きるという火を灯した,R.A.ハインライン『夏への扉』が扱われるお話も印象深い。『夏への扉』は自分にとっても大切な物語だからこそ,尚更こういう扱われ方が嬉しいというのもありますけれども。なお,各篇には書き下ろしの掌篇が付加されています。これが僅か2頁の内容にも関わらず非常に魅力的。いい意味で本篇を補完する内容となっています。「へんなの」と「夜の目」と題された2篇が特に好みであります。

 草子の瑞々しい感性が描くブックガイドが何とも魅力的。自分が本を読み始めた頃のことを思い出します。無意味に理屈を捏ね回さずに真摯に小説と向かい合っていたあの頃が懐かしい。最早取り戻すことは難しいからこそ,草子に羨望の念を抱いてしまいます。家庭環境的に決して恵まれない草子ですが,本を通じて少しずつ自分の居場所を確立しつつあることが実に嬉しい。懸命に生きる人にはやはり幸せになって欲しいのです。今後は上田秋成『雨月物語』やマイクル・コーニイ『ハローサマー,グッドバイ』などが扱われるとのこと。次巻の刊行はやや先になりそうですが,楽しみに待ちたいと思います。

 余談。単行本のカバーを外した本体の装丁が何ともたまらなく素敵。黒白二色の地味なカバーの下に色鮮やかな美しい装飾が施されているというのが美しいです。こういう隠れた拘りは自分の愛するところであります。また,巻末の作者の随想も素敵です。優しい人柄の滲み出る文章が素直に美しく感じます。
タグ:玉川重機
posted by 森山 樹 at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 感想
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